東京高等裁判所 昭和33年(う)2200号 判決
被告人 飯塚信雄
〔抄 録〕
(一) 論旨は被告人に原判示手提鞄を不法に領得しようとする意思があつたとは認められない旨主張するけれども、原判決援用の証拠を総合すると、被告人は原判示日時場所において被害者坪野義弘が伊藤司法書士の事務所備付の客席椅子に腰掛け、原判示手提鞄を右椅子の背掛と自己の背中との間に置き、前屈みになつて伊藤司法書士と用談中、被告人が無断でその手提鞄を右手に取り上げたところ、右坪野がこれに気付き後方を向き直ると、被告人が一応弁解がましきことを言つて該手提鞄を坪野に返したこと、この様子を同所から約五米半の個所で目撃していた原判示司法書士事務所の傭人馬場フジが被告人の右挙動に不審を抱き、突嗟に泥棒と直感し、被告人が原判示庁舎裏玄関附近を出た頃被告人の背後から「泥棒」と叫ぶや、被告人は急遽まつしぐらに逃げ出したので直ちに追跡したが及ばず、折柄同女の叫び声を聞きつけた東京地方裁判所の警備係員吉田彦衛及び藤岡博延の両名が、最高裁判所の南側車輛通用門に向つて疾駆逃走しつつある被告人を相前後して追跡し、右車輛通用門が閉鎖中のため被告人が右折して同裁判所南側通用門から「泥棒々々」と連呼しながら街路に走り出たところを右吉田警備員が前記車輛通用門の柵を乗り越え、機先を制して漸く被告人を逮捕するに至つた事実を認め得るのであつて、叙上のような被告人の当時の挙動及び逮捕までの経過顛末に徴すると、被告人には所論不法領得の意思、すなわち窃盗の犯意の存在したことを推知するに充分である。右に反する証人小関寅吉及び被告人の所論各供述は、共に措信し難いところである。それゆえ論旨は理由がない。
(谷中 坂間 司波)